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2014年6月18日 (水)

何かのせいにする

4年に一度の祭典、サッカーワールドカップが始まっています。

「ドーハの悲劇」はちょうどわたしが大学生の頃の出来事。

W杯常連のような今からすると、日本サッカーの成長はまさに「呉下の阿蒙にあらず」、といったところでしょうか。

今年のW杯開幕戦はブラジル対クロアチアでしたが、この試合における日本人主審のPKの判定が誤審だとかなり責められていました。

試合後、クロアチアの監督も、負けたのは主審のせいだと言わんばかりのコメントをしていました。

主審の判定が間違っていたのかどうかは、素人のわたしには分かりません。しかしあの場面でPKの判定を下すのは、かなりの確実性があってのことだと思いますし、そもそも下った判定に文句を並べてみたところで、どうなるものでもありません。

サッカーの試合はとにかく審判に対して文句を言う、素直に従わない、そういうシーンが多い。その点は見ていていつも残念に思うところです。子供に夢を与えるどころか、悪い影響を与えるような気がします。

クロアチアの監督にしても、何か己以外の要因のせいで負けた、と文句を言うことが、この先の試合の勝利につながるのでしょうか。

恨みやひがみ、怒りなどの心で発憤して闘争心は上がるかもしれませんが、そのような状態で最高のパフォーマンスを発揮できるかと言うと、そうではないでしょう。

いつまでも外部要因の鎖につながれたままだと先に進むことはできません。

その鎖を断ち切り、自ら何ができるかを考え、行動していかなければなりません。

http://www.aeruba.co.jp/boshuu/2014/09/in.php

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